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高松高等裁判所 昭和34年(ネ)63号 判決

控訴人(原告) 高辻正義

被控訴人(被告) 宇和島市長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の換地予定地変更指定処分の取消の訴を却下する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、第一次的に、原判決を取り消す。被控訴人が昭和三〇年一月一三日別紙目録記載の(一)の土地に対してなした換地予定地変更指定処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審分共被控訴人の負担とする、との判決を求める、と述べ、なお、当審において、訴の予備的追加的変更をし、右申立が理由がないときは、右無効確認の代りに、右処分取消の判決を求める、と述べ、被控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、左記の外は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴人訴訟代理人は、当審において、次のとおり述べた。即ち、

(一)  本件換地予定地変更指定処分(以下単に本件処分という。)は無効であるが、その理由は次のとおりである。

(1)  本件処分の瑕疵は重大である。けだし、換地予定地指定処分のような権利の発生要件である処分を処分庁が任意に取り消すことができるとすれば、国民の既得の権利ないし利益は、行政庁の恣意によつて剥奪される結果となり、既存の法秩序が破壊されることになるからである。もとより、行政行為は、公益を目的とするものであるから、公益に合する場合には、国民は、行政処分により既得の権利ないし利益を侵されることを忍ばなければならない。このことは、憲法第二九条の規定するところである。然し乍ら、本件の場合は、被控訴人が訴外山田禎一の強請にこたえるため控訴人の権利を侵したものであつて、その間少しも正当な理由はない。一方においては右訴外人に利益を与え、他方においては控訴人に不当な不利益を与えたのであつて、憲法の保障する財産権が侵害されたことは明らかである。従つて、本件処分は、法律に基づかない行政処分であり、しかも憲法に違反する重大な瑕疵をもつものである。

(2)  本件処分の瑕疵は、客観的に明白なものである。けだし、都市計画法及び特別都市計画法による区画整理の施行に際し、土地の所有者又は関係者は、特定の土地を換地予定地又は換地として指定すべきことを要求する権利を有しない。このことは、法律上明らかなことである。従つて、前記訴外人が被控訴人に対し、控訴人の当初の換地予定地の内、本件処分により削減された部分について返還方を陳情した際、被控訴人が如何に処理すべきかは、極めて明らかな判断事項である。被控訴人は、市民の法律生活の安定を計り、公平の原則に従つて一般の信頼を得なければならない。右訴外人の強請を容れるべきかどうかは、その立場上直ちに判断し得ることであり、かつまた、正常な判断を以つてすれば、誰もが一致した結論に達し得る筈である。それにも拘わらず、被控訴人は、右訴外人に威迫されて、その強請を容れた。このこと即ち、被控訴人がその立場上右訴外人の強請を容れるべきでないと容易に判断し得るに拘わらず、誤つてその強請を容れて、本件処分をしたことには、客観的に明白な瑕疵があるといわねばならない。

(二)  仮に本件処分は無効ではないとしても、その瑕疵は本件処分取消の事由に該るから、控訴人は、予備的にその取消を求めるのであるが、右取消請求は、出訴期間経過後のものとして却下さるべきではない。即ち、

(1)  本件処分に対する訴願は、土地区画整理法施行法(昭和三〇年四月一日から施行)第八条により、なお従前の例によるのであるが、如何なる不服申立方法があるかについては、特別都市計画法第二五条第二六条の解釈をめぐつて異論のあるところである。

ところで、控訴人が被控訴人から本件処分の通知を受領した日時は、昭和三〇年一月一三日頃ではなく、昭和三二年六月二三日であり、その時控訴人は本件処分を知つたのである。そして、控訴人は、同月二九日訴外吉田繁を代理人として宇和島市長に対し訴願したところ、同年七月二二日付で却下する旨の通知があつたが、右訴願は不適法なものとして却下されたのではなく、被控訴人において土地区画整理委員会に諮問した結果、当時の区画を諸種の情勢から検討して止むを得ないものと思考すると決議せられ、却下されたのである。そして、控訴人は、昭和三三年一月一六日本件訴訟を提起したのであるが、控訴人の第一次的請求と予備的請求とは、その請求の基礎に変更はなく、両者は実質的には同一性を有するのであるから、右予備的請求は、出訴期間の遵守において欠くるところはない。

(2)  右主張が失当であるとしても、本件処分は、換地処分がなされる迄は、それ自体において確定する性格をもつ単独の処分ではないから、換地処分のなされる迄は、いつでもその効力を争いうるものである。

と述べ、

被控訴人訴訟代理人は、当審において次のとおり述べた。即ち

控訴人訴訟代理人は、昭和三五年二月八日付書面を以つて、予備的に、本件処分の取消を請求するに至つたが、右請求は、不適法として却下さるべきである。即ち、控訴人訴訟代理人は、当審において従前の主張を変更して、控訴人が本件処分を知つた日時は、昭和三二年六月二三日である、と主張するに至つたが、控訴人の原審訴訟代理人は、控訴人が本件処分の通知を昭和三〇年一月一三日頃受領したことを自白しているのである。控訴人の本件土地の管理人である訴外吉田繁が右通知を受取つたことを否認したので、被控訴人は更に為念昭和三二年六月一四日に再送達をしたに過ぎない。いずれとするも、土地区画整理法第一二七条によれば、訴願を経ていない本件取消請求は違法である。

と述べた。

証拠関係〈省略〉

理由

被控訴人は、特別都市計画法第一条第三項に基づく昭和二一年一〇月九日内閣告示第三〇号により指定された字和島市における土地区画整理事業の施行者であり、控訴人は別紙目録記載の(一)の土地を右施行地区内に所有していること、被控訴人は、右土地区画整理のため同法第一三条により控訴人所有の右土地に対し別紙目録記載の(二)の土地を換地予定地として指定し、昭和二七年二月二六日別に使用開始の日を定めないで、その旨控訴人に通知し、控訴人は右換地予定地につき同法第一四条第一項所定の使用収益権を取得したこと及びその後被控訴人は昭和三〇年一月一三日右換地予定地を別紙目録記載の(三)の土地に削減して本件変更指定処分をしたことは、当事者間に争のないところである。

およそ、特別都市計画法第一三条に基づく換地予定地指定処分を変更する処分が許されるかどうかにつき案ずるに、右指定処分は、指定された換地予定地につき同法第一四条所定の使用収益権発生等の法律効果を生ずるものであるから、処分庁は濫りにこれを変更することは許されないというべきである。然し乍ら、同法第一三条第一四条によれば、換地予定地指定処分は、土地区画整理施行上の必要からなされるものであり、かつ、同法の準用する耕地整理法第三〇条第一項による換地処分が効力を生ずる迄の暫定的処分であること明らかであるから、土地区画整理施行者は、一旦換地予定地指定処分をした後においても、土地区画整理の施行上、その指定処分を変更すべき相当の理由があるときは、さきになした指定処分を変更することは、許されるというべきである。

それで、本件処分について、かような理由があつたかどうかにつき検討することとする。

成立に争のない甲第三号証第五、六号証の各一、二乙第二、三号証、原審証人中尾高一の証言により成立の認められる甲第四号証、原審証人重谷武男、同大塚博、同清家巌及び同木原政市の各証言並びに原審検証の結果によると、控訴人所有の別紙目録記載の(一)の土地(以下単に控訴人の従前地という。)の実測面積は六〇三・三七坪であること、控訴人は、昭和二七年中に、その従前地の内、道路敷地として収用せられることになつた部分に跨つて在つたその建物を移動したこと、訴外山田禎一は、右従前地の南側に実測面積一、〇七四・七五坪の宅地(以下同人の従前地という。)を所有しているところ、被控訴人は、その換地予定地として、当初合計八三六・四九坪の土地を指定したこと、本件土地区画整理におけるいわゆる減歩率の一般的標準は、大体従前地三〇〇坪までのものについては約一割六分、同六〇〇坪までのものについては約一割九分三厘、同一、〇〇〇坪までのものについては約二割一分七厘と定められていたが、控訴人の従前地は、西側だけが道路に面しており、かつ、場所的にそれ程多く道路敷地として収用する必要がなかつたのみならず、右従前地のように、戦災の際焼け残つた建物の在る土地については、その減歩率につき特別の考慮がなされる方針であつた関係上、右標準率より少い減歩率、即ち約六分三厘ですんだが、右訴外人の従前地は、西と南の両側が道路に面しており、かつ、場所的に道路敷地として収用する必要のある部分が広かつたため、その減歩率は、右標準率に略近いものとなつたこと、同訴外人の従前地上に在つたその所有家屋の内、床面積約九〇坪の部分が道路敷地として収用さるべき部分に在り、これを移動しなければならなかつたこと、同訴外人は、昭和二八年頃被控訴人に対し、控訴人の従前地に対する前記換地予定地の内、本件処分により削減された三・六九坪の部分は、同訴外人の従前地の一部であるから、これを返えして貰いたい、と陳情し、かつ、被控訴人がこれに応じない限り、右家屋の移動をしないといつて、被控訴人の右家屋移動の要求に応じなかつたこと、被控訴人は、昭和二九年五月七日右陳情を土地区画整理委員会に付議したところ、同委員会は、右家屋の在つた部分の道路工事の進捗を図り、かつ、控訴人と右訴外人との各従前地についての減歩率の著しい不均衡を多少でも是正するために、右三坪余の土地をも同訴外人の従前地に対する換地予定地とするのが相当であるとし、その旨被控訴人に勧告し、被控訴人は、これに基づき、控訴人の従前地に対する当初の換地予定地指定処分を変更し、右予定地の内、右三坪余の部分を除くその他の部分を控訴人の従前地に対する換地予定地とする旨の本件処分をすると共に、右訴外人の従前地に対する前記換地予定地指定処分をも変更し、右三坪余の部分をその換地予定地として追加指定し、よつて同訴外人は昭和二九年八月頃前記家屋の移動をしたこと及び右三坪余の土地は、宇和島市内の旧城山に接する日当りの悪い場所であるが、その一部は控訴人の、その残部は訴外護国神社の各所有であることが認められ、甲第三号証の記載並びに原審証人清家巖、同重谷武男及び同木原政市の証言中、右認定に反する部分は、これを措信せず、かつ、他に右認定を動かすべき証拠はない。

右に認定したところの本件処分の理由は、当初の換地予定指定処分を変更すべき理由として相当のものであるということができるから、本件処分は、違法ではなく、従つて、無効ではないというべきである。

それで、本訴請求中、本件処分の無効確認を求める部分は、失当として棄却さるべきこと明らかであり、これを棄却した原判決は、相当であり、本件控訴は、棄却さるべきである。

次に、本件処分の取消請求につき判断することとする。

まず、右請求が行政事件訴訟特例法第二条所定のいわゆる訴願前置の要件をみたしているかどうかにつき考えるに、本件処分は、特別都市計画法によつてなされた行政処分であるところ、同法は土地区画整理法の施行と共に昭和三〇年四月一日廃止せられたのであるが、同法施行法第八条によれば、土地区画整理法の施行前にした行為に対する訴願などについては、特別都市計画法廃止後においてもなお従前の例によるべきこととなつているから、本件処分に不服のある者は、同法第二六条により準用せられる都市計画法第二五条第一項により訴願をすることができるのであるが、右訴願は、訴願法第二条によれば、本件処分庁たる被控訴人の直接上級行政庁にこれをなすべきであるが、右行政庁は、地方自治法第一五〇条によれば、愛媛県知事であるというべきところ、本件処分につき右知事に訴願をしたとの事実は、これを認めるべき証拠がない。

尤も、控訴人が昭和三二年六月二九日宇和島市長に訴願をしたことは、控訴人の主張し、被控訴人の明らかに争わないところであるから、被控訴人においてこれを自白したものというべきであるが、右訴願は、本件処分庁の直接上級行政庁たる愛媛県知事になされたものではないから、右訴願がなされたからといつて、本件取消請求が訴願前置の要件をみたしているということのできないことは、前段説示するところから明らかであろう。

それで、本件取消の訴は、行政事件訴訟特例法第二条所定の訴願前置の要件を欠く不適法なものとして、これを却下すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸友二郎 安芸修 石井玄)

別紙目録

(一) 宇和島市丸之内一ノ三   宅地合計六〇〇坪八勺(公簿面積)

同所     一ノ三〇四 (但し別紙図面ヌ、ル、オ、ワ、ヌの各点を結ぶ線で囲繞された範囲)

同所     一ノ三〇五

(二) 二六九ブロツク二六九ノ二〇 宅地五六五坪二合二勺

(但し別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イの各点を結ぶ線で囲繞された範囲)

(三) 二六九ブロツク二六九ノ二〇 宅地五六一坪五合三勺

(但し別紙図面リ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線で囲繞された範囲)

以上

図〈省略〉

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